人手不足を解消する切り札とされてきた「技能実習制度」。気にはなっているけれど活用に踏み切れない……そんな会社も多いのではないでしょうか。
実は、技能実習制度は新たに、「育成就労制度」として生まれ変わろうとしています。新旧制度の違いや、活用する会社にとってのメリットや注意点をまとめました。
※内容は全て令和6年(2024年)2月13日現在の情報です。
「育成就労」は何が変わる?
技能実習制度の見直しが行われ、令和5年(2023年)11月、政府の有識者会議が最終報告書をまとめました。
政府は令和6年(2024年)3月には、通常国会に関連法案を提出する方針です。法案が通れば現行制度は廃止となり、新たに育成就労制度が創設される見込みです。
詳細は未定ですが、気になる違いについて見てみましょう。
※令和6年(2024)年4月11日追記:
激変緩和のため、政府は新制度のスタートから3年の移行期間を設ける方向で検討中。移行期間中は現行制度を並行して残し、所定期間を終えるまで在留が認められます。新制度の開始は令和9年(2027年)の見込み、令和12年(2030年)まで続く想定です。
(1)目的が「人材確保と人材育成」へ
技能実習制度の目的は「国際貢献」でした。開発途上国の人々が日本の技術を学べる機会を提供し、母国の経済発展に活かしてもらうことを目指していたのです。
一方で育成就労制度においては、目的が「人材確保・人材育成」に変わります。育てるだけではなく、その名の通り日本国内での「就労」までを見据えた制度になるということです。
これは慢性的な人手不足に悩む企業にとって、注目すべき変更点ではないでしょうか。
(2)受入れ可能職種が「特定技能12分野」に
受入れ可能な職種も、技能実習制度と育成就労制度との大きな違いです。
技能実習制度で受入れ可能なのは、90職種165作業(令和5年10月31日現在)。次表の通り、幅広い職種が対象となっています。
一方で育成就労制度においては、受入れ可能な職種は減少。「特定技能と同一分野」とされ、介護やビルクリーニング、建設、農業などの12分野に絞られることになります。
なお「特定技能」とは在留資格の一つで、平成31年(2019年)4月に新設されたもの。この制度により“人手不足と認められる業界”に外国人の就労が解禁されました。
対象となる分野は次の通り。
このように、「介護」「ビルクリーニング」「素形材・産業機械製造・電気・電子情報関連産業」「建設」「造船・舶用工業」「自動車整備」「航空」「宿泊」「農業」「漁業」「飲食料品製造業」「外食業」の12分野です。
このように分野を絞っているのは、一定の専門性や技能を持つ人材育成を目指しているため。そこで専門性が求められる特定技能制度と関連づけているというわけです。
(3)基本「3年間」、ただし永住の道も
技能実習制度においては、在留期間は最長5年間です。技能実習1号の資格だと1年間ですが、技能検定に合格することで2号3号と移行でき、5年間在留できる仕組みになっています。
一方で、新制度である育成就労制度では、在留期間は基本3年間。この3年以内に「特定技能1号」のレベルまで育成することを目的としています。
ただし、さらに上位の資格である「特定技能2号」の試験に合格すると、家族帯同の無期限就労が可能になります。つまり永住の道も開けるということです。
(4)一定の「日本語能力」が求められる
日本語能力に関して、技能実習制度では決められた水準がありません。そのため入国直後は特に、コミュニケーション面で問題が生じるケースもありました。
育成就労は、日本国内における人材確保を目的とした制度です。そこで日本語能力に関しても、一定レベル以上が求められる見込みです。
具体的には、就労開始前までに「日本語能力A1相当以上の試験(日本語能力試験N5など)に合格する」または「それ相当の日本語講習を受講する」ことが提言されています。
なお日本語能力試験公式ウェブサイトによれば、日本語能力試験のランクは「N1~N5
」の5段階あります。
最上位は「N1」です。「幅広い場面で使われる日本語を理解することができる」水準となります。一方で、最下位は「N5」。「基本的な日本語をある程度理解することができる」水準です。
このため必要な語学のレベルは低く設定されていますが、就労後も受験を義務付けることで、日本語能力が上がる仕組みが検討されています。
少なくとも“一定レベル以上”が義務付けられることは、大きな変化と言えそうです。
(5)条件を満たせば「転籍」が可能に
技能実習制度では、転籍は原則不可でした。育成就労制度においては、次の3つ全てを満たす場合、転籍可能としています。
・同一の受入れ企業における就労期間が1年以上である
・技能検定基礎級及び日本語能力検定A1相当以上の試験(日本語能力試験N5など)に合格している
・転籍先となる受入れ機関が、転籍先として適切であると認められる一定の要件を満たしている
(例:在籍外国人のうち転籍してきた者の占める割合が一定以下である)
なお受け入れ人数枠は、技能実習制度と同じく、企業規模などによって決められる見込みですが、具体的な人数はまだ提示されていません。
「育成就労制度」を活用するメリットは?
ここまで、技能実習制度と育成就労制度の違いを見てきました。まだ「提言」の段階のため、今後変更される可能性もありますが、現時点での活用メリットを見てみましょう。
メリット(1)長期雇用が見込める
「特定技能2号」の資格をとれば、更新する限り上限なく在留できます。つまり「永住」への道が開けるということ。企業にとっては長期雇用が見込めるでしょう。
長期雇用であればキャリアパスも描くことができます。たとえばホテルクリーニング業であれば、現場責任者としてチームをまとめる立場での就労の可能性もでます。
メリット(2)日本語能力の高い人材が雇える
育成就労制度では、一定レベル以上の日本語能力をもつ人材が対象となります。そのため採用時から、日本語での最低限の意思疎通は可能です。
特に「介護」「宿泊」「外食業」などの分野においては、対人サービスが重要です。採用当初はキッチンや清掃など日本語能力が問われにくい配属からスタートし、語学能力を高めた人材にはさらなる活躍の機会を提供する、といった活用方法が考えられます。
「育成就労制度」を活用する上での注意点は?
メリットが期待できると同時に、注意点もあります。
注意点(1)受入れ可能な職種が減る
特定技能12分野に絞ることで、受入れ可能な職種が減る可能性があります。
ただし政府は現在、特定技能の対象に「自動車運送業」「鉄道」「林業」「木材産業」の4分野を加えることを検討中。
さらに既存分野である「飲食料品製造業」にスーパーでの総菜調理を、「素形材・産業機械製造・電気・電子情報関連産業」に繊維や印刷などの業務を追加することも議題にのぼっており、今後の動向に注意したいものです。
ちなみに直近のデータによれば、特定技能の受入れで特に多いのは「飲食料品製造業分野」「素形材・産業機械製造・電気・電子情報関連産業」の二つ。両者でほぼ半数を占めています。
各種の業界団体との最終調整が続いていると思われますので、関連する事業者は制度の動向に留意しましょう。
なお、出入国在留管理庁「特定技能在留外国人数 (令和5年6月末現在)」には、「国籍・地域別割合」「都道府県別 特定産業分野別」など、さまざまな切り口のデータが掲載されていますので、参考にしてみてはいかがでしょうか。
注意点(2)転籍される可能性がある
技能実習制度では転職は原則不可のため、一度受け入れると一定期間は働いてくれる見込みがありました。ところが育成就労制度では転籍も可能となるため、育成しても離れてしまう可能性があります。
育成コストを無駄にしないためにも、給料や労働環境の整備に気を配ることが重要になりそうです。
なお最終報告書では、転籍のための要件として「日本語能力検定A1相当以上」を挙げていますが、与党内からは「低すぎる」との意見も出ています。そのため政府内では、要件を引き上げることも検討中です。
まとめ
技能実習制度の改定により、より長いスパンでの外国人材の活用が検討できるようになりました。
ただし転籍が認められるため、“都合の良い労働者”として囲い込むことは難しくなりますので、雇用者側も競争にさらされます。健全な労使関係を構築して、各種の人材から選ばれる状態をつくっていきましょう。
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