パート社員やアルバイト、派遣社員は、中小企業にとって貴重な戦力。より良い人材を確保するためにも、「賃上げ」や「正社員化」は有効な戦略です。
だけど負担も大きい……そんな悩める事業者を後押ししてくれるのが、「キャリアアップ助成金」です。この記事では全7コースについて、助成額や対象者などを解説します。
キャリアアップ助成金とは?
キャリアアップ助成金とは、非正規雇用スタッフ(パート社員やアルバイト、派遣労働者など)のキャリアアップを促進するための制度です。
ただし対象となるスタッフが“雇用保険に入っていること”が必須の条件。週20時間以上働き、雇用保険加入者であることが前提です。
7つのコース
さまざまなコースがあり、「正社員化支援」「処遇改善支援」に分かれています。
違う言い方をすれば、「正社員にする」「処遇を良くする」などの取り組みを行うと、国から助成が受けられるということ。
具体的には、非正規雇用スタッフに対して
・正社員にする
・賃金アップ(3%以上)
・賃金規定の作成
・賞与を用意
・退職金制度をつくる
・労働時間を伸ばす
・社会保険の被保険者にする
といったことを行うと、助成金が受け取れます。いずれも会社の競争力を高めるためには有効な手段ですから、助成対象となる場合には迷わず申請しましょう。
事業者に求められる条件
全コースに共通する、主な条件は次の通りです。
(1)雇用保険の適用事業所である
(2)雇用保険適用事業所ごとにキャリアアップ管理者を置いている
(3)キャリアアップ計画を作成し、管轄労働局の認定を受けている
ここで気になるのは「キャリアアップ管理者」と「キャリアアップ計画」の二つでしょう。ただしどちらも、さほどハードルの高いものではありません。
「キャリアアップ管理者」とは?
キャリアアップ管理者とは、キャリアアップを進めるための責任者のこと。資格は不要で、中小企業であれば代表取締役が務めることが多いようです。
ある程度の規模の会社なら、人事部長や労務担当者などが良いでしょう。ただし事業所ごとに必要で、兼任はできません。
「キャリアアップ計画」とは?
キャリアアップ計画とは、「どのようにキャリアアップを進めていくのか?」をまとめた計画書。「A4」1枚ほどの簡易なものです。
書式は、申請様式のダウンロード(キャリアアップ助成金)ページからダウンロード可能。必要事項を記入して、賃金規定の改定日までに労働局に提出します。
令和5年(2023年)12月26日時点で公開されている公式サイトは以下です。
「正社員登用」を考えている事業者向け
「今はパート社員だけれど、フルで働いてほしい人材がいる」「能力の高い障害者を正社員にしたい」と考えているなら、「正社員化コース」「障害者正社員化コース」が該当します。
正社員化コース
「正社員化コース」は、非正規雇用労働者を正社員化した場合に助成金が出る制度です。
(1)「正社員」とは?
普段何気なく使っている「正社員」という用語ですが、実は法律上の定義は存在しません。労働基準法では、正社員も契約社員も派遣社員もパートタイムも、同じ「労働者」としてくくられます。
ただし企業や行政における運用上、雇用期間の定めがなく、会社が決めた労働時間をフルタイムで働く労働者を、「正社員(正規雇用)」としていることが多いのが現状です。
この他に「多様な正社員」という用語があります。これは厚生労働省が、新しい労働形態として提唱したものです。
従来の正社員と異なるのが、勤務地・勤務内容・労働時間などの範囲が限定される点。次の通り3つの類型があります。
<職務限定正社員とは?>
担当職務が限定されている正社員を指します。たとえば、高度な専門性を要する職務(証券アナリスト、データサイエンティストなど)や、資格が必要な職務(医療・福祉、教育関連、運輸業など)などが当てはまります。
<勤務地限定正社員とは?>
転勤範囲が限定される、あるいは転居を伴う転勤がない正社員を指します。育児・介護を理由に転勤が困難な方だけでなく、地元で就業したい方の定着が図れます。
<短時間正社員とは?>
短い労働時間で無期労働契約を結ぶ正社員を指します。ライフスタイルやライフステージに応じた多様な働き方が実現できます。
(出典)厚生労働省「多様な正社員、多様な働き方の実現応援サイト」
なお正社員化コースの「正社員」には、いま紹介した「多様な正社員」も含まれます。
パート社員を正社員にするとなると、労働者・経営者ともにハードルが高く感じるかもしれません。でも「短時間正社員」を選択すれば、現在の働き方から大きな変更をしなくてすむ可能性があるのではないでしょうか。
(2)助成額は?
支給は手厚く「最大57万円」です。
従業員1人を「有期雇用→正社員」とすると57万円受給できます。正社員に登用することで会社の負担が増える側面もありますが、事業主は最大57万円の助成によって後押しされるのではないでしょうか。
さらに、一定の条件を満たすと加算があるのも魅力です。
特に規模の大きい加算項目は「派遣社員」に関するものです。派遣社員を直接雇用の正社員にすれば、最大85.5万円を受け取ることが可能。いわゆる「派遣切り」といった課題へのアプローチだと考えられます。
なお(3)に書かれている「人材開発支援助成金」については複数のコースがあり、その中で対象となるのは
・人材育成支援コース
・事業展開等リスキリング支援コース
・人への投資促進コース
です。詳しくは厚生労働省「人材開発支援助成金」に記載があります。
(3)対象となる労働者は?
次の(1)~(4)のうち、いずれかに該当する労働者が対象です。
(1)有期雇用労働者または無期雇用労働者(※1)
(2)有期派遣労働者または無期派遣労働者(※2)
(3)人材開発支援助成金の訓練を受講修了した有期雇用労働者(※1)
(4)特定紹介予定派遣労働者(※3)
(※1)賃金の額または計算方法が、正規雇用労働者と異なる就業規則等の適用を、通算6か月以上受けて雇用されていること。
(※2)6か月以上継続して派遣先の事業所の業務に従事していること。
(※3)新型コロナウイルス感染症の影響を受け、就労経験のない職業に就くことを希望し、紹介予定派遣により2か月以上6か月未満派遣先の事業所の業務に従事していること。
さらに「正社員になった日以降、雇用保険被保険者である」ことも条件です。
その他にも細かい条件があります。詳しくは厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和5年度版)」をご確認ください。
障害者正社員化コース
「障害者正社員化コース」は、障害のある非正規雇用労働者を正社員化した場合に、助成金が出る制度です。
(1)助成額は?
このコースも手厚く、「最大120万円」です。障害のある従業員1人を「有期雇用→正社員」とすると、120万円受給できます。
「最大120万円」をはじめ、どれも大きい金額の助成です。採用当初は有期雇用にすれば、雇用者の能力や相性を確認できるため、ミスマッチのリスクも減らせます。慎重な経営者にとって、ありがたい制度ではないでしょうか。
(2)対象となる労働者は?
主な条件は次の通りです。
(1)次のいずれかに該当する。
(身体障害者・知的障害者・精神障害者・発達障害者・難病患者・脳の機能的損傷に基づく精神障害である高次脳機能障害であると診断された者)
(2)就労継続支援A型事業(※1)における利用者でない。
(3)転換した日以降、雇用保険被保険者である。
(※1)病気や障がいなどにより一般就労が難しい人を対象に、就労機会の提供や訓練を実施するサービスのこと。
その他にも細かい条件があります。詳しくは厚生労働省「キャリアアップ助成金(障害者正社員化コース)のご案内」をご確認ください。
「処遇改善」を考えている事業者向け
続いて、賃金や賞与などの「処遇改善」に関するコースを紹介します。
賃金規定等改定コース
「賃金規定等改定コース」は、有期雇用スタッフの賃上げに関する制度です。
・賃金を3%以上アップ
・その後「6か月分」支給
・賃金規定を定めている
などの条件を満たすことで助成金を受け取れます。
(1)賃金規定とは?
賃金規定とは、賃金の計算方法や支払い方法・期日などを記載した書類のこと。
助成金の申請時には、「増額改定前」及び「改定後」の賃金規定を提出します。
ただし「これまで賃金規定をつくっていなかった」という場合も、実態から賃上げが分かれば助成対象になります。その場合は、新たにつくった賃金規定のみ提出すればOKです。
しかも新規作成の場合は、次に紹介する「賃金規定等共通化コース」の対象になるのも魅力。1事業所あたり、さらに60万円の助成金が受け取れます。
(2)助成額は?
「最大6万5千円」(1人あたり)です。
たとえば、「給与20万円」の従業員に3%の賃上げをした場合、月の賃上げ額は6,000円。約8カ月分が助成される計算となります。
(3)対象となる労働者は?
主な対象者は次の通りです。
(1)増額改定日の前日から起算して3か月以上前の日から、増額改定後6か月以上の期間継続して、支給対象事業主に雇用されている有期雇用労働者など。
(2)増額改定日の前日から起算して3か月前の日から支給申請日までの間に、合理的な理由なく基本給および定額で支給されている諸手当を減額されていない。
(3)増額改定した日以降の6か月間、当該対象適用事業所において雇用保険被保険者であること。
(4)増額改定を行った事業所の事業主または取締役の3親等以内の親族。
(5)賃金アップ日以降の6か月間、雇用保険被保険者である。
その他にも細かい条件があります。詳しくは厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和5年度版)」をご確認ください。
(4)「業務改善助成金」もチェック!
賃上げした場合は、「業務改善助成金」の対象になる可能性もあります。主な条件は「事業場内の最低賃金を30円以上アップ」「設備投資を行う」の2つです。
詳しくは別記事「中小企業の「賃上げ」を応援する助成金・支援制度【2023年版】」で紹介していますので、ご確認ください。あわせて活用することで相乗効果が得られて、さらなる成長への原資にできます。
賃金規定等共通化コース
賃金規定等共通化コースとは、有期雇用労働者などに対して、正規雇用労働者と共通の賃金規定などを新たに作成すると、助成金がもらえる制度です。
(1)「共通化」とは?
このコースでポイントになるのが「正社員と共通の規定をつくる」こと。共通化とは、下図のようなことを意味します。
「賃金規定等共通化コース」による国の狙いは、不公平感の払拭と、それに伴うモチベーションアップにあります。
正社員と同様の賃金規定になれば、非正規雇用スタッフの意欲向上が期待できます。事業主にとっても、生産性の向上や離職率の減少が期待できるのではないでしょうか。
(2)助成額は?
新規作成で「60万円」の助成が受けられます。
(3)対象となる労働者は?
主な条件は次の通りです。
(1)共通化した日の前日から起算して3か月以上前の日から、6か月以上の期間継続して、支給対象事業主に雇用されている有期雇用労働者など。
(2)事業主または取締役の3親等以内の親族以外。
(3)共通化以降の6か月間、雇用保険被保険者である。
その他にも細かい条件があります。詳しくは厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和5年度版)」をご確認ください。
なおこのコースが利用できるのは、「1事業所あたり1回のみ」です。現状で対象者が、
・いる・・・・・・・・今すぐ申請
・いない・・・・・・もらった方が得なら、今から雇用保険に入れて6か月間待つ
といった判断が良いかと思われます。
賞与・退職金制度導入コース
「賞与・退職金制度導入コース」はその名の通り、新たに賞与や退職金の制度を作成すると助成金を受け取れる制度です。
なお賞与と退職金の定義は、次の通りです。
(1)助成額は?
助成額は次の通りです。
この助成金がもらえるのは1回のみ。賞与と退職金制度を別々につくると「40万円」ですが、同時につくると「56万8千円」となります。
制度導入を考えているなら、両方一気に作成するのが得策といえるでしょう。
(2)対象となる労働者は?
次の全てを満たす必要があります。
(1)制度施行日の前日から起算して3か月以上前の日から新設日以降6か月以上の期間、継続して支給対象事業主に雇用されている有期雇用労働者など。
(2)初回の賞与支給または退職金の積立てをした日以降の6か月間、雇用保険被保険者である。
(3)賞与もしくは退職金制度またはその両方を新たに設け適用した事業所の事業主または取締役の3親等以内の親族以外。
その他にも細かい条件があります。詳しくは厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和5年度版)」をご確認ください。
短時間労働者労働時間延長コース
週の所定労働時間を延長し、社会保険を適用した場合に利用できる制度です。
(1)助成額は?
どれだけ労働時間が伸びたかによって、助成額が異なります。
1.「週3時間以上」延長
週3時間以上の場合は、「最大23万7千円」です。
2.「週1時間以上・3時間未満」延長+基本給アップ
こちらは令和6年(2024年)9月30日までの暫定措置です。
基本給を増額し、社会保険料の支払いによって手取り収入が減らないようにした場合は、最大11万7千円の助成を受けることが可能です。
なお「社会保険加入」を伴う労働時間延長に関しては、令和5年(2023年)10月から「社会保険適用時処遇改善コース」も新設されました。詳細は後ほど解説します。
(2)対象となる労働者は?
次の全てを満たす必要があります。
(1)延長後、6か月以上の期間継続して、支給対象事業主に雇用される有期雇用労働者など。
(2)事業主または取締役の3親等以内の親族以外。
(3)延長以降、雇用保険被保険者である。
その他にも細かい条件があります。詳しくは厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和5年度版)」をご確認ください。
社会保険適用時処遇改善コース
「年収106万円の壁」を意識せず働けるように、令和5年(2023年)10月に新設されたコースです。
・新たに社会保険に加入させる
・収入を増加させる
この二つの取り組みを行った場合に利用できます。
(1)年収の壁
ご存じの通り、労働者にとって「年収106万円」は一つの大きな区切りです。そうした現状をふまえ、国が打ち出した年収の壁・支援強化パッケージの中の一つが、当コースです。
近年では最低賃金の引き上げが進んでいるため、パート社員やアルバイト社員などが年収を106万円以内に収めるために働く時間を減らしてしまえば、中小企業は深刻な人材不足に悩むことになります。そうした課題を解決するために、当コースが新設されました。
内容を見ると、国が力を入れているのが見てとれます。この「社会保険適用時処遇改善コース」は「短時間労働者労働時間延長コース」よりも支援が手厚いため、要件を満たすのであれば、新設の「社会保険適用時処遇改善コース」を選ぶ方が良いかと思います。
(2)助成額は?
助成額は「手当等支給メニュー」と「労働時間延長メニュー」で異なります。また二つを兼ねた「併用メニュー」もあります。
1.手当等支給メニュー
下表のように一定の手当てを支給することで、年間20万円の助成金が受け取れます。
表内にある「社会保険適用促進手当」とは、労働者が社会保険に加入するにあたり、事業主が労働者の保険料負担を軽減するために支給することができる手当のこと。対象となるのは、標準報酬月額が10万4千円以下の労働者です。
この手当は、給与・賞与とは別に支給するもの。そのため新たに発生した本人負担分の保険料相当額を上限として、保険料算定の基礎となる標準報酬月額・標準賞与額の算定対象となりません。
このコースを活用するにあたっては、次のようなモデルケースが提示されています。
2.労働時間延長メニュー
次表の通り、労働時間を増やし、手当の支給や賃金アップを行った場合、30万円の助成金が得られます。
キャリアアップ助成金には、所定労働時間の延長により社会保険を適用させる場合に助成する労働時間延長コースという既存のコースがあります。
そうした中で社会保険を適用させるため、「労働時間の延長」と「賃上げ」をセットで行う事業主の利用が進むよう、助成額の拡充がなされると共に、「社会保険適用時処遇改善コース」のメニューに位置づけられることになりました。
3.併用メニュー
併用した場合は、次の通りの助成金を受け取れます。
手当等支給と労働時間延長の両方をおこなった事業者は、1年6カ月で1人あたり50万円の助成を得ることができ、資金繰りの改善効果が最も大きくなります。
(2)対象となる労働者は?
主な条件は次の通りです。
(1)社会保険加入日の6カ月前の日以前から継続して雇用されている。
(2)社会保険加入日から過去2年以内に同事業所で社会保険に加入していなかった。
その他にも細かい条件があります。詳しくは厚生労働省「キャリアアップ助成金社会保険適用時処遇改善コース」をご確認ください。
まとめ
キャリアアップ助成金は複雑な制度ですが、「正社員化」「賃上げ」「賃金規定の作成」「賞与導入」「退職金制度導入」「労働時間延長」「社会保険適用」という7つのキーワードにピンときたらチャンス。あなたの会社もメリットを得られる可能性があります。チャンスを逃す前に、専門家に相談するようにしましょう。
支援制度には、申請の要件や定量目標などの細かいルールがあります。きちんと満たすように心がけることが大切です。気になることがあれば、ウェブサイトからお問い合わせください。