賃上げしたいのは山々、だけど原資に限りが……そんな中小企業をサポートすべく、国では賃上げを行う企業を対象に助成金を用意しています。
この記事では、賃上げ額や人数によって助成額が増える「業務改善助成金」や、3%~の賃上げで「5万円~」の助成金が受け取れる「キャリアアップ助成金」など、賃上げの後押しにつながる制度を紹介します。
(1)業務改善助成金
【公募期間:~令和6年1月31日】
ポイント
・賃上げ額や人数が増えると、助成額も大きくなる
・最大600万円、助成率最大9/10
・パート社員やアルバイトも対象
1.業務改善助成金とは?
業務改善助成金とは、
・事業場(工場や事務所など)内の最低賃金を30円以上引き上げる
・生産性向上に資する設備投資を行う
という取り組みを行うと、設備投資にかかった費用の一部が助成される制度です。
着目したいのが、賃上げ額が大きくなり人数が増えるほど、助成額も大きくなること。賃上げは、パート社員やアルバイトも対象。人材の生産性を高める投資を考えている経営者にぴったりの助成金です。
現在の募集の公募期間は令和6年(2024年)1月末までです。ただし、平成23年(2011年)から続いている制度であり、来年度以降も継続される可能性は高いと思われます。
2.対象事業者は?
主な条件は次の通りです。
(1)中小企業・小規模事業者であること
(2)事業場内最低賃金と地域別最低賃金の差額が50円以内であること
(3)解雇、賃金引き下げなどの不交付事由がないこと
ポイントは(2)の「差額50円以内」です。
(2)の「地域別最低賃金」は都道府県ごとに定められており、毎年改定されます。2023年度は次の通りです。
たとえば東京都内に会社がある場合、地域別最低賃金は「1,113円」です。事業場(工場や事務所など)内の最低賃金が、
【例】
・1,150円の場合・・・・・差額が50円以内(+37円)なので対象
・1,170円の場合・・・・・差額が50円以上(+57円)なので対象外
となります。
なお賃金の引き上げや設備投資は、“これから実施するもの”が助成の対象です。ただし事業場規模が50人未満の場合、賃金引上げ後の申請も可能です。
3.対象となる設備は?
業務改善助成金における設備投資とは、いわゆる「機器・設備」だけに限りません。
このように、経営コンサルタントによる業務フロー見直しにかかる費用も含みます。
賃金を上げれば優秀な人材が集まりやすくなりますし、さらに業務フローを見直して仕事内容を効率的にすれば、従業員のやりがいも高めることができます。
4.助成額と助成率は?
助成額は「何円アップするのか?」「何人賃上げするのか?」によって、助成率は事業場内の最低賃金額によって異なります。
▼助成上限額
値上げ額によって、4つのコース(30円・45円・60円・90円)に分かれています。上限額について知っておきたいポイントは次の3つです。
[1]値上げ幅アップ・人数増加で上限額も大きくなる
値上げ幅が大きくなると、助成は手厚くなります。さらに人数が増えるほど助成上限額も上がり、最大600万円です。
たとえば、事業規模30人未満の事業者が90円賃上げした場合。
・1人・・・・・・・・・・・最大170万円
・10人以上・・・・・・最大600万円
というように、対象人数によって助成額が大きく異なります。
[2]30人未満の事業所は優遇あり
上の表内に、色付きセルがあります。これは事業所規模が30人未満だと優遇がある項目を示しています。たとえば上限を比べると、
<30円コース・1人>
・30人未満・・・・・・・・・・60万円
・31人以上・・・・・・・・・・30万円
<90円コース・1人>
・30人未満・・・・・・・・・・170万円
・31人以上・・・・・・・・・・・90万円
というように、小規模な事業所ほど手厚く補助しているのが見てとれます。
[3]同一年度内に「2回」申請できる
業務改善助成金は、同一年度内に2回申請可能です。
たとえば「4月に30円上げる」「10月に30円上げる」と二度に分けて賃上げすれば、年度内に2回受給できるということです。
従業員2名の事業所の場合を例にとると、
(a)「30円ずつ・2回」賃上げする
(b)一度に「60円」賃上げする
この2パターンを比べると、手間がかからないのは(b)です。ですが助成金の額が変わってきます。従業員2名の事業所の場合を例にとると、
(a)180万円
(b)160万円
このように助成額が20万円アップするということです。
従来、複数回の受給は認められていませんでした。ところが令和3年(2021年)の要件緩和により、「年度内2回までOK」と変わっています。手間を惜しまず2回に分ける価値はあるのではないでしょうか。
▼助成率
助成率は、事業場内の最低賃金額によって異なります。下表にある通り、事業場内の最低賃金が900円未満の場合は、助成率9/10です。
たとえば店舗改装工事に500万円(税抜)かかるなら、450万円の助成を受けられるということ。これは破格ともいえる手厚さではないでしょうか。
一方で最低賃金が950円以上になると助成率は3/4と、やや下がります。このように「最低賃金が低いほど助成率が高い」ところに、最低賃金を上げたい国の意図が見えます。
最低賃金は年々上がる気配を見せています。どうせ賃上げが必要になるのなら、該当する事業者は今のうちに制度を利用して、メリットを得るのが得策と言えるでしょう。
消費税について補足します。交付申請をする際、助成対象経費の消費税に関しては、「税抜」「税込」のどちらかを選択して記入します。
申請時に消費税額を控除しておけば、後日返還する手間がありません。税別の金額を記載するのが基本と言えるでしょう。
(公式サイト)厚生労働省「業務改善助成金」
(2)キャリアアップ助成金「賃金規定等改定コース」
【3%以上増額し、6か月分の賃金を支給した日の翌日から2か月間、支給申請可能】
ポイント
・3%以上の賃上げで助成金「5万円」(1人あたり)
・5%以上の賃上げで助成金「6万5千円」(1人あたり)
・パート社員やアルバイト対象
1.キャリアアップ助成金とは?
キャリアアップ助成金は、非正規雇用スタッフ(パート社員やアルバイト、派遣労働者など)のキャリアアップを促進するための制度です。
さまざまなコースが用意されており、賃上げに関わるのが「賃金規定等改定コース」。有期雇用のスタッフの賃上げ(3%以上)を行うと、助成金を受け取ることができます。
ただし、賃上げする従業員が“雇用保険に入っていること”が必須の条件。週20時間以上働き、雇用保険に入っている場合は、対象となります。
2.対象事業者は?
主な条件は次の通りです。
(1)賃金規定などを3%以上増額改定し、改定後の規定に基づき6か月分の賃金を支給
(2)雇用保険適用事業所ごとに、キャリアアップ管理者を置いている
(3)雇用保険適用事業所ごとに「キャリアアップ計画」を作成。賃金規定等を増額改定する前日までに、最寄りの労働局へ提出している
(4)賃金規定などの適用有期雇用労働者などの基本給を、賃金規定などに定めている
このように賃金を「3%以上」増額するのがポイント。「キャリアアップ管理者」「キャリアアップ計画」については次の通りです。
▼キャリアアップ管理者
キャリアアップ管理者とは、キャリアアップを進めるための責任者のこと。特に資格はいりませんが、知識や経験がある人が望ましいでしょう。
中小企業であれば代表取締役が務めることが多いようです。ある程度の規模の会社なら、人事部長や労務担当者などが良いでしょう。ただし事業所ごとに必要で、兼任はできません。
▼キャリアアップ計画
キャリアアップ計画とは、どのようにキャリアアップを進めていくのかを、計画書としてまとめたものです。
書式は、申請様式のダウンロード(キャリアアップ助成金)ページからダウンロード可能。必要事項を記入して、賃金規定の改定日までに労働局に提出します。
キャリアアップ計画自体は、「A4」1枚ほどの簡易なもの。さほど負担もかからず、むしろ計画の整理に役立つでしょう。
▼賃金規定
賃金規定とは、賃金の計算方法や支払い方法・期日などを記載した書類のこと。
申請時には、「増額改定前」及び「改定後」の賃金規定を提出します。ただし、申請を機に作成するのもOK。その場合は、新たにつくった賃金規定のみ提出します。
このように、これまで賃金規定を作成していなかった場合も、実態から賃上げが分かれば、助成対象になるのは魅力です。
しかも、正規雇用労働者と共通の賃金規定を作成すると、後ほど紹介する「賃金規定等共通化コース」の対象にもなり、1事業所あたり60万円の助成金が受け取れます。
共通の賃金規定があると従業員の納得感も高まります。今ならダブルの助成を得られるチャンスですから、これを機に共通の賃金規定を作成しましょう。
3.助成額は?
「何%引き上げたか?」によって、助成額は変わります。
(公式サイト)厚生労働省「キャリアアップ助成金」
4.その他のコース
ここまで「賃金規定等改定コース」を深堀りしてきましたが、キャリアアップ助成金は他にも、雇用条件の改善につながる助成メニューが多数用意されています。
それぞれの内容を簡単に紹介します。
<正社員化コース>
有期雇用労働者等を「正社員」にした場合、最大57万円(1人あたり)の助成金
<賃金規定等共通化コース>
有期雇用労働者等に対して、正規雇用労働者との共通の賃金規定等を新たに作成した場合、60万円(1事業所あたり)の助成金
<賞与・退職金制度導入コース>
有期雇用労働者等を対象に、賞与または退職金制度を導入し、支給または積立てを実施した場合、最大56万8千円(1事業所あたり)の助成金
<短時間労働者労働時間延長コース>
有期雇用労働者等の週所定労働時間を延長し、社会保険を適用した場合、最大23万7千円(1人あたり)の助成金
<障害者正社員化コース>
障害のある有期雇用労働者等を正規雇用労働者等に転換すると、最大120万円(1人あたり)の助成金
(3)中小企業向け「賃上げ促進税制」
ポイント
・1.5%以上の賃上げで法人税(または所得税)控除
・上乗せ要件を満たすと「最大40%」控除可能
・パート社員やアルバイトも対象
1.中小企業向け「賃上げ促進税制」とは?
中小企業向け「賃上げ促進税制」とは、前年度より賃上げした場合、増加額の一部を法人税(個人事業主は所得税)から税額控除できる制度です。
助成金が出るわけではありませんが、税負担が減るので実質的には「助成」といえます。
適用要件が「通常要件」と「上乗せ要件」で分かれています。それぞれの要件と控除率は次の通り。
つまり最大で賃上げ分の40%が税額控除されるということ。中小企業の実効税率は約34%(33.58%)ですので、最大で賃上げ分の約74%が手元に戻ってくる計算になります。
計算例)
・賃上げなし
⇒変化なし
・賃上げあり
⇒給与100万円増
⇒損金100万円増で法人税など34万円減+40万円の税額控除
⇒74万円
具体的な計算方法や詳細については、中小企業庁「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック」に書かれていますので、ご確認ください。
2.対象事業者は?
対象となるのは、主に次の条件を満たす中小企業です。
・青色申告書を提出している
・下記のいずれかに該当する
(1)資本金または出資金の額が1億円以下の法人
(2)資本または出資を有しない法人で、常時使用従業員数が1,000名以下の法人
賃上げ促進税制を活用するにあたり、事前の認定や届け出は不要です。
ただし確定申告をする際、「税額控除の対象となる金額を記載した書類」や、「金額の計算に関する明細書」などを添付する必要があります。普段からきちんと用意しておきましょう。
(公式サイト)中小企業庁「賃上げ促進税制」
まとめ
長いデフレ時代が終わりを告げた日本において、賃上げは時代の必然です。どうせ賃上げをするなら、助成を受けながらスマートに行ってはいかがでしょうか。
支援制度には、申請の要件や定量目標などの細かいルールがあります。きちんと満たすように心がけることが大切です。気になることがあれば、ウェブサイトからご相談ください。